カーテンの閉まった暗い部屋で、もがいていた13歳のわたし

「カーテンを閉めて部屋を暗くして、静かにじっとしていてください」

中学1年生のときに内科医に言われたこと、「そんなアドバイス、お医者さんが言うことあるんだ」と思ったのを強く覚えてる。

当時のわたしは、偏頭痛に悩まされていて。

もともと頭痛持ちではあったけど、ここのところあきらかに痛みがひどくなっていた。

頭痛の重さは他人と比べられないので、他の人がどのような頭痛を経験しているのかは知らない。これが重い方なのかどうかもわからない。

ただ、目の前に黒い小さな粒が乱れ飛び、後頭部の痛みと吐き気のせいで、保健室に逃げ込むことが多々あった。

教室に戻る気力もなく早退し、医者から「暗い場所でじっとするように」というアドバイスと薬をもらって帰宅する。

言われたとおりカーテンを閉める。家にはまだ誰もいない。

母は仕事で遅くなるだろうし、小学生の妹もまだ学校にいる。

電気はつけないまま、布団にもぐる。さっき飲んだ痛み止め、少しは効いただろうか。

 

目をつぶると、思い出したくないことばかりが脳裏に浮かぶ。

みんなが居るところで突き飛ばされて惨めに倒れたこと。

投げ飛ばされた筆箱からバラバラと落ちていく色ペン。

みんなが誰かとワイワイ帰る中、ひとり速足で帰り道を歩くこと。

 

もう、全部いやだった。

どうしてこんなにつらい思いをしなければならないのか、わからなかった。

 

痛みが少しおさまってきたころ、布団から這い出ていつものようにパソコンの電源を入れる。画面がぼうっと白い光を放つ。

テキストファイルを開くと、書きかけの詩が現れる。

どこにも発散できない気持ちを、言葉に替える。それはほとんど余計な荷物を振り落としていく作業で、ほんの少しだけれどわたしの気持ちを軽くした。

暗闇の中、光る画面を見つめながら、自分の中にある黒い感情を指先から吐き出す。

書きあがった詩を、掲示板に投稿する。名前も顔も年齢も知らない人たちが詩にコメントをしあうような、コミュニティサイトみたいな場所。

ほどなくして、投稿した詩にコメントがついた。平日のこんな時間にここにいるのは、どんな人なのだろうか。

コメントの詳細を開く。

 

「いつも投稿された詩を見ています。ミキさんの詩は、どれも最後が明るい未来に向かっていく、素敵な詩ですね。」

 

・・・明るい未来?

誰もわかってくれない苦しさやつらさ、なんでこんな人生を生きなければならないんだという怒りをぶつけているのに?

「この人、本当に読んでるのかな」と訝しみつつ、いつもは書きっぱなしの自分の詩を読み返してみる。

・・・

・・・

・・・

黒い感情をそのまま投げつけたような言葉たちの最後は、自分の思いとは反して、たしかにコメントの通りだった。

 

つらい、くるしい、逃げたい、でも、あきらめたくない。

あきらめたくない、このままじゃ終われない、わたしはこんなもんじゃない。

 

パソコンの電源を落とし、再びベッドに戻る。

カーテンの隙間から、西日が線のように差し込んでいる。

 

**あとがき**

13歳の頃が、わたしの人生の中で一番つらい時期でした。

そんなときに気持ちのはけ口になってくれたのが文章だったし、「自分はまだあきらめていない」と知らせてくれたのも自分が書いた言葉でした。

だから、わたしは今も文章によって自分の気持ちを整理するし、あのときと同じように、読んでくれる人が明るい未来を感じてくれるような文章を書けたらなと思っています。

 

ネガティブをネガティブのまま文章にするのが苦手と言えば、そうなのかも。

わたしにとって個人的な文章は、「現実と理想のつなぎめ」なのかもしれません。

 

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